最近大手企業が不祥事を起こすと、決まって出てくる謝罪の言葉がある。
「…全社を挙げてコンプライアンス(法令順守)体制の強化に努めている最中に、このような事件を起こし誠に申しわけありません」
こうしたエクスキューズ(弁解、いいわけ)をきいていると、コンプライアンス体制の強化が、あたかも企業が不祥事を起こさなくするための免罪符(めんざいふ)、つまり責任逃れの口実(としての行為)になっているかのようである。
しかしこれは大いなる錯覚であり、誤解である。コンプライアンス体制の強化は、企業内の犯罪防止には役に立たないのである。というよりコンプライアンス体制の確立は、犯罪防止策ではないということである。
したがって、これを強化しているから不祥事を起こすはずがないという弁明は、一般社会に対しては通用しないのである。
では誰に対してなら通用するのかといえば、それは監督官庁と経営責任を監視、追及する株主に対してである。
このことを別の角度からいえば、コンプライアンス体制の確立は、監督官庁と、株主に対する経営責任としてやっているということなのである。
したがって、コンプライアンス体制をを強化したからといって、企業内犯罪が減少するなどと考えるのは大いなる幻想といっていい。
しかし多くの企業人、特に経営者はそう考えていないから、コンプライアンスを責任逃れの免罪符として持ち出すのである。
ではどうしてコンプライアンス体制の強化は、企業内犯罪の防止に役立たないのだろうか。
それは最近、にわかに企業社会でコンプライアンスという言葉が言われだしたことと密接な関係がある。
つまりバブル経済が崩壊し、日本社会に大きな変革が起こった。特に大きな変革は、官民の間におこった本格的な民主化の流れである。このことと、コンプライアンスは大いに関係があるのである。
意外に思われるかもしれないが、日本の産業は金融機関を含めて長いこと政府の保護下にあった。これが戦後の素早い経済復興、その後の高度経済成長に大きな役割を果たすのだが、そのつけがバブル経済の崩壊という形になってあらわれた。
バブル経済の崩壊で、日本の金融システムは未曽有の危機に見舞われ、多くの金融機関が事実上破産し、これに伴い多くの産業が崩壊し、数え切れないほどの企業が倒産した。戦後経済の清算である。
その結果、政府の産業や企業への過剰保護政策が見直され、本来の資本主義と民主主義が戦後初めて動き出した。
いわゆる官民の“親離れ子離れ”という本格的な民主化の到来である。官は、民主化による情報公開時代を迎え企業と距離を置くようになり、産業は官の介入のない自由競争時代となって、企業間の株式の持ち合いが崩壊。企業は終身雇用などの日本式経営から、株主重視、利益重視型効率経営へと、その変貌を余儀なくされている。
そうした民主化への移行の過程で、大手銀行は日本の金融システムを守るため膨大な公的資金の導入を受けたし、生保や損保はいまだに官の保護のつけである、保険金の未払いから抜け出せないでいる。
そして一般の企業は、官から解放された自由競争の激化や、実績重視と終身雇用の崩壊などから従業員のモラル(道徳)やロイヤリティー(忠誠)の低下を招き、内部告発が相次ぎ、不祥事の露見が後を絶たない状況に陥っている。
こうした中で“子離れ”を進める官の有形無形の要請から生まれたのが、“親離れ”した企業のコンプライアンス体制の確立なのである。
つまりコンプライアンスというのは、官がこれまでのように産業や企業を保護しきれないから、自分たちでしっかりした法令順守体制をつくれという親心から生まれた、民主化の新しいというか、本来あるべき体制なのである。もっともこれは、官の責任逃れとして企業に押しつけたという見方もあるので、一概に親心とはいえないかもしれないが…。
それはとにかく、こうした誕生の経緯からコンプライアンス体制というのは、監督官庁や株主へのエクスキューズや免罪符としては使うことができても、企業内犯罪防止策や、一般社会への不祥事の免罪符には使えないということなのである。
したがって、社会への不祥事の謝罪会見でコンプライアンスをその免罪符として持ち出す企業や経営者は、監督官庁や株主だけを意識し、消費者や国民を軽視していることの証とみることができるのである。
つまりコンプライアンスをやたらに謝罪で持ち出す企業や経営者は、きわめて社会性が薄く、信用できない存在だということである。
コンプライアンスというのは、他人にひけらかすようなものでなく、本来ならとっくに企業の行動規範として確立していなくてはならないものなのである。そしてこの体制確立と、企業内犯罪の防止は別個に対応しなければ、不祥事はなくならないことを肝に銘じるべきである。法令順守という言葉に惑わされるが、両者はまったく別物である。
決してコンプライアンスという言葉に、不祥事防止の過剰な期待を抱いてはいけないということである。
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