このプロ講座は、かつて今は亡き作家、阿佐田哲也さんと「麻雀新鮮組」の立ち上げの打ち合わせやラスベガスへのギャンブル旅行、赤坂の料亭などでの手合わせの折に、二人でずっと話し合ってきた一連の戦術談義をもとにしたものである。したがって、少し難解と思う方、この講座の内容に納得できない方は、まだそのレベルに達していないので、改めて修業を積んだ後で読むことをお勧めしたい。
前回、気力とは何かを探る中で、気力とはツモるときに指先に力を入れるような幼稚な行為ではなく、チー、ポン、カンの動きに表れるという話をした。この動きでツキや運を呼び込むのである。動きもしないで、念力だけ働かせているのは、ツキに左右されるだけの、他力本願、ツキ麻雀以外の何ものでもない。
A図)












(ドラ
)B図)









チー


こう着状態の中、ひたすらツモにだけ頼って、ツキの来るのを待ち続けるA図から、タンヤオ、ドラドラの三千九百点狙いに動いたのがB図。これで上がりがぐんと見えてきた。
ただし、この鳴きを平気でやるには度胸と技量が必要である。
度胸というのは、この鳴きで下家以下の上ヅモ、下ヅモが変わり、相手にもいい手が入り出す可能性があるからである。特にイーシャンテぐらいに手が進んだ中盤以降にこうした動きをすると、相手がテンパイする可能性が大きい。
それを乗り切る技量がなければ、この動きは無謀ということになる。
そこで、「一鳴きテンパイ」という格言が出てくる。危険だから、一度の鳴きでテンパイするときだけ、動いてもいいというセオリー(理屈)である。
しかし、このセオリーは絶対的なものではない。早い段階で動けば、危険は少ないし、何よりも相手がテンパイしてリーチをかけてきても、振り込まない技量があればいいのである。
振り込まない技量とは、つまり相手の待ちを確かに読む力である。この力のある人がプロであり、「一鳴きテンパイ」をセオリーにしているのは未熟の証明である。
しかしプロといえども、自動的に相手の待ちが読めるわけではない。読もうとするそれなりの強い意志がなければ、相手の待ち牌は読めないし、危険牌を手元に止めておくこともできない。これが気力である。
気力が充実していないと、思わず放銃してしまうことがある。これを暴(ボー)牌という。覚悟して、勝負に出る牌はボー牌とは言わない。無謀なだけである。
つづく
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